今日は、長友啓典さん追悼号です〜
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 日本ママ起業家大学メールマガジン
    [マ]  [マ]  [マ]  [ガ]
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ママ起業家の皆さん、こんにちは。

日本ママ起業家大学 理事
ママ起業家総研 主任研究員
トミタプロデュース 代表取締役

富田剛史(とみたつよし)です。

トミタプロデュース 代表プロフィール | トミタプロデュース株式会社 − メディア化のメソッド −

富田 剛史(とみた つよし)Different is better than betterトミタプロデュース株式会社 代表取締役メディア・プロデューサークリエイティブ・ディレクター経営戦略プラ…

 *************

土曜に銀座にあるDNPのギャラリーへ。

先日急逝したグラフィックデザイナー

長友啓典(けいすけ)さんを偲ぶ展覧会が

急遽企画されて2日間限定で行われてました。

いやぁ実に素晴らしい仕事でした。

特に70年代、80年代のポスターは

ほんとに良かったなぁ。

かっこいいし、面白い。

実に、魅力的です。

ところで、長友啓典さんといっても

知らない人が多いでしょう。

長友さんは僕が敬愛するイラストレーター

黒田征太郎さんとのコンビでK2という

デザイン事務所を50年近く運営した人です。

もちろん、経営者である前にクリエイターで、

長友さん自信も素晴らしい絵を描きます。

黒田さんはじめ様々なアーティストの絵や

写真を素材にしてポスターや本の装丁、

その他いろいろな魅力的なデザインにする…

そんな仕事をたくさんしてきました。

1969年に黒田・長友2人で作ったK2は、

実に長きにわたって日本のデザイン業界に

多大な影響を与えました。

その間、「大きな会社」にはならず、

たくさんの社員が”出入り”します。

一時期K2の社員やアルバイトをして、

その後一線で活躍するクリエイターを

たくさん排出してきた、
まるで寺子屋みたいな会社。

先日、たまたま別件があって
黒田征太郎さんを取材したんですが、
長友さんが急逝して、
その後バタバタとK2を閉めたことを
教えて下さいました。

残った社員を全員どこか就職させ、

事務所を引き払い、それでチャラだったと。

つまり、大して残りもしなかったけど

借金もゼロ。

「奇跡でしょ?」と征太郎さんはいいました。

ほんとにね〜。
さすが!素晴らしい!心から拍手です。

黒田征太郎という人は「野生の人間」で、

とてもじゃないけど会社経営の細かいこと

するような人ではありません。

2人で会社作る時に最初の少しだけ

征太郎さんが社長をやって、その後は

「やっぱり長友、お前やってくれ」と

社長を渡してしまいます。

そして征太郎さんは、日本中・世界中

いろいろな所で絵を描き、パフォーマンスし

しゃべり、交流して、実にのびのびと

生来のアーティスト人生を送ります。

でも、最後にきっちり会社を閉めるように
K2の共同経営者である責任感は

いつでもあったのだと思います。

黒田征太郎さんの絵を使ったデザインは

K2の金看板ですから、仕事は長友さんと

ずっと一緒にやってきました。

その仕事の多岐に渡ることこの上ありません。

小さなBARのマッチから、

雑誌デザインや本の装丁、

モーターショーやパラリンピックのポスター、

空港の壁画や街のシンボル建物のデザイン…

こんなデザイン会社は他にないでしょう。

しかも、どの仕事も見事にK2らしさに

溢れていて、とても「面白い」。

会社を続け社員に給料を出し続けながら

自分たちが良しと思う価値観で仕事を

し続けることとを1ミリも妥協しなかった

のがK2の二人のすごさです。

あるインタビューに長友さんはこう答えてます。

「黒田征太郎は”代表作”を作らない男」

「黒田の最高傑作を強いてあげればK2で、

  ぼくの最高傑作をあげれば

   K2を存続させたことかな」

まったくその通りだな〜と思います。

この二人を起業家というのか分かりませんが

仕事ってこんな風にしていけたら

最高だな〜というサンプルとして、

皆さんにもシェアさせていただきました。

ただ、それは個人の感想であって、
これが「最高の経営者像」というわけでは
決してありませんので・・・。

今日もいい一日を。

ではまた!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください